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謡曲「烏帽子折」(えぼしおり)義経 鏡宿にて元服のくだり

記事作成日:2018年8月16日

謡曲「烏帽子折」での義経元服の場面

義経元服ものがたり謡曲「烏帽子折」では、牛若丸は、近江の「鏡の宿」で元服して、美濃「赤坂の宿」で強盗の熊坂長範(くまさかちょうはん)を討ち取ったとなっております。

ここでは鏡の宿の件(くだり)のみをご紹介させていただきましょう。

能ではワキ・シテ・ツレという配役がございます。
シテが主役で、ワキはシテの相手となる役、つまり脇役です。
ツレも助演的な役で、シテ方に属するものをシテヅレ、ワキ方に属するものをワキヅレと称します。
前ワキは金売り商人三條の吉次、ワキヅレがその弟の吉六、子方が牛若丸、シテが烏帽子折、ツレは烏帽子折の妻でございます。
では、ここで「烏帽子折」の歌詞をご紹介させていただきましょう。
旧仮名遣いになっておりますのでかなり読みにくいですがご辛抱くださいませ。

「烏帽子折」「日本文学草書刊行会 烏帽子折百番 大正12年1月5日発行」

ワキ次第「末も東(あづま)の旅衣(たびごろも)。末も東の旅衣。日も遥々(はるばる)と急ぐらん。

詞(会話)「是は三條(さんでう)の吉次信孝(きちじのぶたか)にて候(さふらふ)。我れ此程(このほど)數(かず)の寶(たから)を集め。弟(おとゝ)にて候ふ吉六(きちろく)を伴なひ。唯今(たゞいま)東(あづま)へ下(くだ)り候。如何(いか)に吉六。高荷どもを集め東へ下らうずるにて候。

吉六「委細(いさい)心得(こころえ)申(まを)して候。軈(やが)て御立(おんた)ち有(あ)らうずるにて候。

牛若詞「喃々(なうなう)あれなる旅人。奥へ御下(おんくだ)り候はゞ御供(おんとも)申(まを)し候はん。 ワキ詞「易(やす)き間の御事にて候へども。御姿(おんすがた)を見申(みまを)せば。師匠(ししやう)の手を離れ給ひたる人と見え申して候ふ程に。思ひも寄らぬ事にて候。

牛若「否(いや)我れには父もなく母もなし。師匠の勘當蒙(かんだうかうぶ)りたれば。唯(た)だ伴なひて行き給へ。

ワキ「此上(このうへ)は辭退(じたい)申すに及ばずして。此の御笠(おんかさ)を参(まゐ)らすれば。

牛若「牛若此の笠押取(かさおつと)つて。今日(けふ)ぞ始めて憂(う)き旅に。

下歌地「粟田口(あはたぐち)松坂や。四の宮(しのみや)河原(がはら)逢坂(あふさか)の。關路(せきじ)の駒の跡に立ちて。何時(いつ)しか商人(あきびと)の。主従(しうじう)となるぞ悲しき。 上歌「藁屋(わらや)の床の古(いにしへ)。藁屋の床の古。都の外(ほか)の憂き住ひ。さこそはと今。思ひ粟津の原を打ち過ぎて。駒も轟(とゞろ)と踏み鳴らし。勢田の長橋(ながはし)打渡(うちわた)り。野路(のぢ)の夕露(ゆふつゆ)守山(もろやま)の。下葉色照る日の影も。傾(かたぶ)くに向ふ夕月夜(ゆうづくよ)。
鏡の宿(しゅく)に著(つ)きにけり。鏡の宿に著きにけり。

ワキ詞「急ぎ候ふ程に。鏡の宿に著(つ)きて候。此の所に御休みあらうずるにて候。

牛若詞「唯今(ただいま)の早打ちを能々(よくよく)聞き候へば。我等が身の上にて候。此の儘(まゝ)にては叶(かな)ふまじ。急ぎ髪を切り烏帽子を著(き)。東男(あづまをとこ)に身を窶(やつ)して下(くだ)らばやと思ひ候。

牛若詞「如何に此内(このうち)へ案内申し候。

シテ詞「誰(た)れにて渡り候ぞ。

牛若「烏帽子の所望(しょまう)にて参(まゐ)りて候。

シテ「何と烏帽子の御所望(ごしょまう)と候ふや。夜中(やちう)の事にて候ふ程に。明日(みやうにち)折(を)りて参らせうずるにて候。

牛若「急ぎの旅にて候ふ程に。今宵(こよひ)折(を)りて賜はり候へ。

シテ「然(さ)らば折りて参らせうずるにて候。先ず此方(こなた)へ御入り候へ。扨(さて)烏帽子は何番に折り候ふべき。

牛若「三番の左折に折りて賜り候へ。

シテ「是れは仰(おほ)せにて候へども。其(そ)れは源家(げんけ)の時にこそ。今は平家一統の世にて候ふ程に。左折は思ひも寄らぬ事にて候。

牛若「仰せは尤(もっと)もにて候へども。思ふ仔細の候ふ間。唯(た)だ折りて賜り候へ。

シテ「幼き人の御事にて候不程に。折りて参らせうずるにて候。此の左折の烏帽子に付いて。嘉例(かれい)目出度(めでた)き物語の候。語つて聞かせ申さうずるにて候。

牛若「然(さ)らば御物語り候へ。

シテ「扨(さて)も某(それがし)が先祖にて候ふものは。元は三條烏丸(さんでうからすまる)に候ひしよな。いで其の頃は八幡太郎義家(はちまんたらうよしいへ)。阿部の貞任宗任(さだたふむねたふ)を御追罰(ごつゐばつ)あつて。程なく都に御上洛(ごしやうらく)あり。某(それがし)が先祖にて
候ふものに。此の左折の烏帽子を折らせられ。君(きみ)に御出仕(ごしゆつし)有りとき。帝(みかど)斜(ななめ)に思(おぼ)し召され。其の時の御恩賞に。奥陸奥(おくむつ)の國を賜はつて候。我れ等も亦其の如く。嘉例目出度き烏帽子折にて候へば。此の烏帽子を召されて程なく御代(みよ)に。

「出羽の國の守(かみ)か。陸奥(みち)の國の守(かみ)にか。成らせ給はん御果報(ごくわはう)有つて。世に出で給はんとき。祝言申(しうげんまを)しゝ烏帽子折と。召されて目出度う。引出物給(た)ばせ給へや。あはれ何事も。昔なりけり御烏帽子の。左折の其の盛。源平兩家(げんぺいりやうか)の繁昌(はんじやう)。花ならば梅と櫻木。四季ならば春秋(はるあき)。月雪(つきゆき)の眺め何(いず)れぞと。爭(あらそ)ひしにや何時(いつ)の間に。保元の其の以後は。平家一統の。代と成りぬるぞ悲しき。縦(よ)し其れとても報いあらば。世變り時來(とききた)り。折知(をりし)る烏帽子櫻の花。咲かん頃を待ち給へ。

シテ「かやうに祝ひつゝ。

「程なく烏帽子折り立てゝ。花やかに三色組(みいろぐみ)の。烏帽子懸緒(かけ)を取り出だし。氣高(けだか)く結ひ濟(す)まし。召されて御覧候へとて。御髪(おぐし)の上に打ち置き。立ち退きて見れば。天晴(あっぱれ)御器量や。是れぞ弓矢の大将と。申すとも不足ともあらじ。

シテ「日本一烏帽子が似合ひ申して候。

牛若「然らば此の刀を参らせうずるにて候。

シテ「否々(いやいや)烏帽子の代りは定まりて候ふ程に。思ひも寄らず候。

牛若「唯だ御取り候へ。

シテ「然らば賜はらうずるにて候。さこそ妻にて候ふ者の悦び候はん。如何に渡り候ふか。

ツレ「何事にて候ふぞ。

シテ「幼き人の烏帽子の御所望と仰せ候ふ程に。折りて参らせ候へば。此の刀を賜はりて候。なんぼう見事なる代りにては無きか。能々見候へ。あら不思議や。斯様(かよう)の事をば天の與(あた)ふる事とは思ひ給はで。さめざめと落涙(らくるゐ)は何事にて候ふぞ。

ツレ「恥かしや申さんとすれば言の葉より。先ず先立つは涙なり。今は何かを包むべき。是れは野間の内海にて果て給ひし。鎌田兵衛正清(かまだひょうゑまさきよ)の妹なり。常盤(ときわ)腹(ばら)には三男。牛若子生まれさせ給ひし時。頭(かう)の殿より此の御腰の物を。御守刀(おんまもりがたな)として参らさせ給ひし。其の御使(おんつかい)をば。妾申(わらはまを)して候ふなり。痛はしや世が世にて座(ましま)さば。斯(か)く憂(う)き目をば見まじき物を。あら淺(あさ)ましや候。

シテ詞「何と鎌田兵衛正清の妹と仰せ候ふか。

ツレ「さん候。

シテ「言語道段。此の年月添ひ参らすれども。今ならでは承らず候。扨此(さてこ)の御腰(おんこし)の物を確(しか)と見知り申されて候か。

ツレ「こんねんだうと申す御腰の物にて候。

シテ「實(げ)に實に承り及びたる御腰の物にて候。扨は鞍馬の寺に御座候ひし。牛若殿にて御座候ふな。然(さ)あらば追つ付き。此の御腰の物を参らせ候ふべし。御事も渡り候へ。や。未だ是れに御座候ふよ。是れに女の候ふが。此の御腰の物を見知りたる由(よし)申し候ふ程に。召し上げられて賜はり候へ。

牛若「不思議やな行方も知らぬ田舎人の。我れに情の深きぞや。

二人「人違(ひとたが)へならば御免(おゆる)しあれ。鞍馬の少人牛若君と。見奉(みたてまつ)りて候ふなり。

牛若「實(げ)に今思い出したり。若(も)し正清が由縁(ゆかり)の者か。

ツレ「御目(おんめ)の程の賢さよ。妾(わらは)は鎌田が妹に。

牛若「あこやの前か。

ツレ「さん候。

牛若「實(げ)に知るは理(ことわり)我れこそは。

「身の成る果ての牛若丸。人甲斐も無き今の身を。語れば主従(しゅじゅう)と。知らるゝ事ぞ不思議なる。

ロンギ地「早や東雲(しののめ)も明け行けば。早や東雲も明け行けば。月も名殘(なごり)の影映(かげうつ)る。鏡の宿(しゅく)を立ち出づる。


 

いかがでしたでしょうか?
ちょっとわかりづらかったでしょうか?

源義経が元服した「鏡の宿」(滋賀県竜王町鏡)を、ものがたり風にご紹介いたしましょう。

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